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リトル・ジョー(2020)


【原題】Little Joe

【監督】ジェシカ・ハウスナー

【出演】エミリー・ビーチャム ベン・ウィショー ケリー・フォックスほか

【あらすじ】

シングルマザーの研究者アリス(エミリー・ビーチャム)は、幸せになる香りのする新種の植物リトル・ジョーを開発するが、仕事にのめり込むあまり息子のジョーと向き合っていないことに後ろめたさを感じていた。ある日アリスは、リトル・ジョーを植えた鉢を持ち帰り息子にプレゼントする。しかし、花の香りをかいだジョーや、花粉を吸い込んだアリスの助手クリス(ベン・ウィショー)の様子が徐々におかしくなる。(Yahoo!映画より)



 
【感想(ネタバレなし)】

『愛せ、愛すんだジョー!!』

 






どーもどーも最近大和田常務の投げたスマホのことばかり気になって仕方がないラーチャえだまめです。そんなカマキリ博士も知らないハエトリグサならぬヒトトリグサならぬニンゲンに“幸福をもたらす”香りを放つ摩訶不思議な花の培養についに成功してしまったようです!?ここから先は花粉症の方は閲覧禁止です(ウソです)今日はコチラの映画を拝見させて頂きました



【リトル・ジョー】!!!いやーこれまたなんとも面白そうな“B”な予感……とは言っても予告編から醸し出すなんとも幻影的な雰囲気に新作にも出演する木工用ボンドの相方ベン・ウィショーさんが白衣姿でご登場、、、、という内容に惹かれ早速観てみたんでありますが蓋を開けてみたらば不気味な赤い花に取り憑かれていくニンゲンの恐怖もさることながら
























「あ、そういえば今年初詣行ってないな」










と何故か気付かされてしまう、そんな映画だったんですねー(自分でも何言ってるかわかりません)







シングルマザーのアリスはもうすぐ意味もなく壁に穴をブチ開ける年頃の一人息子を育てながら“人を幸せにする”花の品種改良に明け暮れる植物研究者。ある日ついにその花の開発に成功したかのように思われたのですが……



息子の名前をとった“リトル・ジョー”と名付けたその一輪の花を自宅にこっそり持ち帰ったアリス。しかしその花の“香り”を嗅いだ息子に“ある異変”が…?同じく研究所では助手のベン・ウィショー演じるクリスもただの優男から怪しげな危ない男臭プンプンのいやファンならばむしろそっちの方がいいのk……“性格が激変”して…?ついでに研究員のベラが飼っていたワンコロもなんだか妙に落ち着きがなくなるように……ベラは言う






















「“アレ”は“別の犬”だわ」










展開は実にシンプル、というか思った以上に“B級SFホラー”臭のあるなーんだめちゃくちゃワイ好みの映画じゃないの!!!難解な映画だなんて変に身構える必要なんざ花びらのように舞い散っちゃって大丈夫でありますリトル・ジョーを嗅いだその日からまるで中身がすり替わったかのように“別人”に変わっていく……職場内、家庭といったライフフィールドが知らぬ間にどんどん“侵食”されていく“見えない恐怖”にジワジワと追い詰められていく展開はさらなが「SF/ボディ・スナッチャーズ」みたいなだなー、と思いましたね。



と思ったら和楽器バンドも何故呼ばれなかったのかビックリの日本人なら誰でも聞き覚えのある神社等でよく流れる尺八プッシャアアアアアアアアアア!!!!をはじめとする和楽器BGMという??この“異色”の組み合わせがこれまた不思議な世界観を醸し出してきます。これぞバイオテクノロジーと和の奇跡の融合ということか…!?でも全然おかしくない、いやむしろガッチリ作品に“合っている”。ちなみに使われているのは監督が大ファンだという伊藤貞司という日本作曲家の音楽………らしい。




その監督でありますがたジェシカ・ハウスナーという女性の監督なんですよね。いやーだからなのかなーとは思ってはいたのですが























母性VS母性









しかも相手は植物ですからね?そりゃオードリー IIみたいなお喋り野郎ならまだしも“ただの”花ですからね?しかしそんな花によって全国のマザコンのみならず“愛”に生きる全ての人間を狂わすリトル・ジョーに息子を奪われてたまるかー!!とアリスは必死に抵抗します。



しかしそんなアリスにも一概に「息子を愛している」と言えない本音がポロリ?




確かに仕事と両立しての子育ては難しいもの。本当はもっと研究に専念したい、恋愛だってまたしてみたい、自分の時間が欲しい……どこかで愛する息子がその「重荷」になっているんじゃないか?本当は早く息子が自分の手から離れていって己が自由になる事を望んではいないか…?ふとそんなことを考えてしまうのであります。しかしそう思うことに「罪悪感」を抱くアリス。



母性とは、母親とは、そして愛とは……なんとも考えさせられる、これこそ女性監督だからこそ描けたネタかもしれませんねぇー。働く女性ならめちゃくちゃアリスに“共感”出来てしまうかもしれない第72回カンヌ国際映画祭でコンペティション部門に出品されている本作でありますが、劇中マスクをするシーンが多いことから現在アップリンク渋谷とシネ・リーブル梅田にて“マスク割”なるキャンペーンを実施中!?色付きか花柄のマスク限定らしいのでお手製マスクでちょっくらデザインに“花を咲かせる”のもイイかもしれませんねッ!!









 
【感想(ネタバレ)】








やっぱり気になるのはラストですよねー






















本当に“幸せ”になったのか








これについては鑑賞後自分でもかなり悩みました。いやめちゃくちゃ考えさせられたと言ってもいい、終盤でついに手が出たクリスのワンパンによりリトル・ジョーの花粉を吸い込んでしまったアリス。彼女もまた人が変わったかのようにそれまで“問題外”と言い放ったのがまるでウソのように息子を父親に引き渡します。でもこれでもう“息子”の世話をする必要がなくなったわけですから?これからは自分の研究にもっと時間を使ってもいいですしクリスとの社内恋愛に花咲かせてもいい「自分の人生」を有意義に使えるようになった、と考えればそれはつまり彼女はリトル・ジョーによって「自由」を手に入れたことになる。では彼女は「幸せ」になった、と言えるのでしょうか??



いやいやそんなことはない、という方もいらっしゃるでしょう。アリスは子育てに「幸せ」を感じていたからですよね。息子を父親と住まわせなかったのも自分の手から離れれば息子を育てられなくなる=幸せを奪われる、だから頑なに拒んだワケです。その“子育て”をラストで失ったわけですから?それはつまり幸せになっていないじゃないか、という考え方も出来ます。



そもそもシングルマザーのアリスが仕事をしながら子育てという“大変な仕事”をしていてもそこに「幸せ」を見出していたのには「親は子を愛さなければならない」という「前提条件」があったからなのではないでしょうか??それは別に肉親だけの話ではなくてベラと飼い犬との関係性もそうですよね。親にとって「子を愛す」ことに対して「愛さない」という選択肢はそもそも存在しないのです。だから子育てが大変でも頑張れる、いや頑張らなくてはならない。だからそこに「幸せ」を感じるようになっていったのではないか



しかしリトル・ジョーはそんな「親は子を愛す」という前提条件そのものを“変えて”しまうチカラがあった。それはつまり自分の子どもよりリトル・ジョーを“愛する”ようになることです。そして「親は子を愛す」条件が取っ払われた結果、一瞬“幸せ”を奪われますがリトル・ジョーを愛する=新たな「幸せ」になった。



ではラストは「幸せ」になりました、メデタシメデタシ〜……にしてはあまりに“不気味”なラストでしたよね?最後アリスがリトル・ジョーに話しかけたら“子ども”の声が聞こえてきたじゃありませんか??



結局自分の息子がリトル・ジョーに“変わっただけ”なんですよね。アリスは今度はリトル・ジョーの為に自分を犠牲にするでしょう。リトル・ジョーという“新たな息子”が生まれたわけですから?じゃ、じゃあ「それでははじめと全く変わっていないではないか。」結局アリスはOPと全く変わっていないのです。ならばそれは「幸せ」になったと本当に言えるのでしょうか……



でも今までたった一人の息子を父親と“交互”にシェアしていたわけですよね、それが父親母親それぞれ“一つずつ”愛の対象が生まれたということは……う〜んやっぱりそっちのほうがトータル的には幸せなのかぁ〜!?



肯定とも否定ともとれないなんとも正解の出ない映画でしたね〜。まぁ作品自体が解を出さずに視聴者に委ねる系で終わらせているのでそれも正解っちゃあ正解なのかもしれませんが



ただそれではなんともシックリこないのでリトル・ジョーは人間に本当の意味での“幸福”をもたらすのか否か、は結論は出せなくてもこれだけは言える





















人間は最も“愛に飢えた”生き物である









愛すのも、愛されるも、、、、、今の世の中に必要なもの。それ即ち「愛」……

アァ〜イ〜〜フ〜〜ルゥ〜〜♪(拙者も愛が欲しいでござるbyえだ江兼続)









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